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東京地方裁判所 昭和43年(合わ)244号 判決 1968年11月06日

被告人 小山田與作

主文

被告人を懲役二年に処する。

但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年八月一八日午後九時ころ、富樫克己(当時一八年)および妹山力(当時一九年)と連れ立つて男女の二人連れをからかう目的で、東京都江戸川区南船堀地籍内の船堀橋に至り、荒川放水路と中川放水路を画する通称中土手を下流に向かつて付近の様子をうかがいながら歩いているうち、同日午後一〇時前ころ、船堀水門より約一二〇メートル下流の中土手上に駐車中の軽四輪貨物自動車の運転台において、佐藤静子(当時一九年)が、水上博士こと水上隆(当時二〇年)と相抱擁している姿態を目撃して欲情を催し、同女を水上から引離して強いて姦淫しようと考え、同所において富樫および妹山と共謀の上、同女および水上を右自動車から引き降ろし、水上を同女から十数メートル引き離した上、同女に対しこもごも「この女生意気だ、裸になれ」等と脅迫し、被告人および富樫がいやがる同女の着衣を無理やり剥ぎ取つて全裸にした上、富樫において同女をその場にあお向けに押し倒し、両肩を地面に押えつけて同女の上に馬乗りになり、被告人において同女の右脚を、妹山において同女の左脚をそれぞれ押え込む等の暴行を加えてその反抗を抑圧し、順次同女を強いて姦淫しようとしたが、被告人らのすきをみて対岸に渡るべく荒川放水路に飛び込んで泳ぎ出した水上が途中で溺れ出したのを見て、もし水上が溺死するに至れば佐藤静子から水上を引離すため同人に暴行を加えるなどしている被告人らにその結果の責任がふりかかるものと畏怖し、水上を救助するため、やむなく同女を姦淫することを諦め、その目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件は、被告人らが水上隆の溺れかかつたのを見てこれを救助するため、自己の意思により犯行を中止したものであるから、中止未遂であると主張するので、判断する。

本件において、被告人らが犯罪を遂げなかつた原因は、水上が荒川放水路に泳ぎ出して溺れかかつたのを被告人らが見て、もし溺死するようなことになれば、佐藤静子から水上を引離すため同人に暴行を加えるなどしているのでその結果の責任が被告人らにふりかかつてくるものと畏怖し、それを回避すべく水上を救助するためやむなく犯罪を遂げることをあきらめたものであることは前記判示のとおりであり、このような状況は、被告人に本件犯行を思いとどまらせる障碍の事情として、客観性があるものと認められるから、本件は障碍未遂と認めるのが相当である。すなわち、前掲証拠によれば被告人らにとつて意外な出来事(水上が溺れ出したこと)が被告人らの眼前で起り、そのまま放置すれば水上が溺死するようなことも充分考えられるような状況で、水上が若し溺死したならば同人に暴行を加えたりなどしている被告人らに責任がふりかかるという恐怖心から、同人の救助に赴くため本件犯行の中止も止むを得なかつたことが認められるから、もはや被告人らの意思による中止とは言えず、外部的障碍による未遂の一態様と認めるのが相当である。

よつて弁護人の主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、一七九条、一七七条前段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀江一夫 新矢悦二 田中正人)

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